比喩ログ

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【書評】浅田次郎 プリズンホテル【1】夏

プリズンホテルを読んだ。初めての浅田作品。

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かれこれ10年以上、小説をちょこちょこ読んでる癖に読まず嫌いしていた作家さんです。本屋に行ったら作家順に陳列されている本棚で、最も記憶に残る【あ】の部分で幅を利かせている作家さん。勝手に、年配の小難しいミステリーでも書いてる小説で、ユーモアもロマンも色恋も少ない作風なんだろうなぁと決めつけてた。

 

浅田先生、すみませんでした。

 

プリズンホテル【1】夏 を読んだ。

ヤクザの親分が経営する『奥湯元あじさいホテル』、通称『プリズンホテル』という任侠団体専用ホテルを舞台に、売れっ子小説家、離婚を切り出そうとしている妻とその夫、一家心中をしに来た家族、左遷続きの熱血ホテル支配人と天才シェフが登場し、いろんな事件が起こるという設定。
 
様々な方の書評レビューを見ていると、特にホテル経営者の仲蔵親分に関する賞賛が多く見受けられる。ストーリーの構成上、王道ではある。一見悪役に見える男《この場合ではヤクザである仲蔵親分》が、実はかなり人間味のある良い奴で、最初は誤解を受けながらも、徐々に他登場人物や読者を虜にしていくという構成だ。この構成自体は王道なんだけども、何と言っても読者の心を魅了するためには、その登場人物の描写、愛着あるキャラクターに育てていくための表現能力が大きく問われる。その点、この作品はバッチリ読者の気持ちをさらっていってくれます。流石は浅田先生!
 
一方で売れっ子小説家・木戸孝之介というキャラクターに関する評価は思ったよりも高くない。コレは個人的には意外だ。彼は仲蔵親分の身内でもあるんですが、幼少期に母親と生き別れた経験からか偏屈な人間に育っている。継母や恋人に対する容赦ない暴力や傍若無人な立ち居振る舞いに辟易する読者が多い様。確かに、ここ最近の映画やドラマでは倫理的にNGになってしまいそうな描写が多くあった。でも、小説ってソコが良いんじゃないの?と僕は言いたい。ねじ曲がった人間像、とても世間には出せない様な人間性がアウトプットができる場だからこそ小説という活字のメディアは良いんだと改めて思った。人間のエグい部分を見せないオブラートに包まらたNon刺激なコンテンツばっかりに触れてもしゃーない。
 
 
そんな木戸孝之介にまつわる描写で気になった部分をピックアップ。
 

クリエイティブな経緯を楽しむよりも、結果としてのオブジェを夢見るタイプの不順な作家であるぼくは、ほとんど狂気した。 

相手がいっけん屈強なハードボイルドであることは気になったが、そういうヤツに限って根はナヨナヨの土佐日記であると決まっている。クリイティブなパワーの根源は、変身願望なのである。几帳面なぼくはいいかげんな与太者を好んで書くのも同じ理屈だが。

自分で言うのも何だが、ぼくはそのしぐさを見ながら、こいつは何て男運の悪い女だろうと思った。

清子は春先のバーゲンで買ってやった、暗いウール地のワンピースを着ていた。わざわざそれを着てきたという誠意は評価するが、六月の気候には見ているだけで暑苦しい。

行き先は訊こうとはしなかった。三年間ずっと観察し続けて思ったことだが、この女は意思を表明するということがない。万事なすがまま、である。

それが彼女なりの処せ術だとしたら大きなまちがいで、弱肉強食の世の中では、周囲の悪意を一身に背負わされる結果になることは自明だ。人生ただ一生懸命やたって良くなるわけはない、というお手本である。 

 

「わぁ、きれい。モミジがいっぱい見えるから、モミジの間なんですね。」ぼくは南部鉄の四角い灰皿で清子の頭をゴキリと殴った。手かげんしたつもりだったが、変によけたものだから角がモロに当たって額が少し切れた。アッと声を上げて、清子は藤椅子にうつぶした。「あのなあ。俺ん前できれいだのきたねえだの言うのはやめろ。興ざめしちまうじゃないか。おまえはモミジみたいに黙ってりゃいいんだ。」

清子と付き合い始めた三年になるが、ぼくはその間、清子を清子だと思って抱いたことがただの一度もない。いつも書きかけの原稿に登場する女の誰かだと信じて抱くのである。当然、ぼくも登場人物になりきる。

ということは、ぼくと清子のセックスは四十八手どころか無限のシチュエーションが存在するわけで、ある時は、「このアマ、おとなしうせんかい!ほれみい、体はイヤとは言うとらんで」などと喝しながら、鼻血の出るほどビンタをくれてレイプする。《略》

こうした華麗なセックスについて、当初は清子もぼくを多重人格者だと思ってアセったようだが、根が床上手のスキモノだから、すぐにこのノリにハモるようになった。レイプに際してはころあいの抵抗を示し、涙も忘れず、不倫女房役だと察したときは「おねがい、ね、ねっ一度だけ、ここよ、ここ」なんて口走ったりするのである。

そんな具合で、頭は悪いが勘はいたって良い女であるから、ちかごろではいちいち状況説明までする必要はない。

 

 決して、褒められたような言動をしていない木戸孝之介。でもなんだか好きだなぁ。彼に飼われている清子も愛おしい感じ。ヤクザの女をしていた過去があり、ヤクザのリアルを知りたい木戸から近づいてきた関係。清子は女手ひとつで子どもを育てているから、月数十万を木戸から貰って言いなりをしてる。でもいつか、自分の全てを受け入れてくれる男が現れると信じている様。木戸はそれを笑い飛ばすシーンがあるが、それもなんとも残酷。でもそこが良いんじゃないかな。
 
 
プリズンホテルの書評とタイトリングしながらも、殆どが木戸孝之介と清子の内容になってしまった。物語の重要な部分ではあるけど、ほんの一部でしかないし、他シーンはユーモアあり、感動あり、人情味ありのエンターテイメント作品。シリーズ物だから、次の【2】秋編が楽しみ。早速Kindleでポチった。
 
※木戸孝之介という名前は、浅田次郎の売れない時代のペンネームらしい。