【書評】浅田次郎 プリズンホテル【1】夏
プリズンホテルを読んだ。初めての浅田作品。
かれこれ10年以上、小説をちょこちょこ読んでる癖に読まず嫌いしていた作家さんです。本屋に行ったら作家順に陳列されている本棚で、最も記憶に残る【あ】の部分で幅を利かせている作家さん。勝手に、年配の小難しいミステリーでも書いてる小説で、ユーモアもロマンも色恋も少ない作風なんだろうなぁと決めつけてた。
浅田先生、すみませんでした。
プリズンホテル【1】夏 を読んだ。
クリエイティブな経緯を楽しむよりも、結果としてのオブジェを夢見るタイプの不順な作家であるぼくは、ほとんど狂気した。
相手がいっけん屈強なハードボイルドであることは気になったが、そういうヤツに限って根はナヨナヨの土佐日記であると決まっている。クリイティブなパワーの根源は、変身願望なのである。几帳面なぼくはいいかげんな与太者を好んで書くのも同じ理屈だが。
自分で言うのも何だが、ぼくはそのしぐさを見ながら、こいつは何て男運の悪い女だろうと思った。
清子は春先のバーゲンで買ってやった、暗いウール地のワンピースを着ていた。わざわざそれを着てきたという誠意は評価するが、六月の気候には見ているだけで暑苦しい。
行き先は訊こうとはしなかった。三年間ずっと観察し続けて思ったことだが、この女は意思を表明するということがない。万事なすがまま、である。
それが彼女なりの処せ術だとしたら大きなまちがいで、弱肉強食の世の中では、周囲の悪意を一身に背負わされる結果になることは自明だ。人生ただ一生懸命やたって良くなるわけはない、というお手本である。
「わぁ、きれい。モミジがいっぱい見えるから、モミジの間なんですね。」ぼくは南部鉄の四角い灰皿で清子の頭をゴキリと殴った。手かげんしたつもりだったが、変によけたものだから角がモロに当たって額が少し切れた。アッと声を上げて、清子は藤椅子にうつぶした。「あのなあ。俺ん前できれいだのきたねえだの言うのはやめろ。興ざめしちまうじゃないか。おまえはモミジみたいに黙ってりゃいいんだ。」
清子と付き合い始めた三年になるが、ぼくはその間、清子を清子だと思って抱いたことがただの一度もない。いつも書きかけの原稿に登場する女の誰かだと信じて抱くのである。当然、ぼくも登場人物になりきる。
ということは、ぼくと清子のセックスは四十八手どころか無限のシチュエーションが存在するわけで、ある時は、「このアマ、おとなしうせんかい!ほれみい、体はイヤとは言うとらんで」などと喝しながら、鼻血の出るほどビンタをくれてレイプする。《略》
こうした華麗なセックスについて、当初は清子もぼくを多重人格者だと思ってアセったようだが、根が床上手のスキモノだから、すぐにこのノリにハモるようになった。レイプに際してはころあいの抵抗を示し、涙も忘れず、不倫女房役だと察したときは「おねがい、ね、ねっ一度だけ、ここよ、ここ」なんて口走ったりするのである。
そんな具合で、頭は悪いが勘はいたって良い女であるから、ちかごろではいちいち状況説明までする必要はない。